南大西洋の丁度中間、アフリカ大陸・南米大陸と等位置にある英国領トリスタン・ダ・クーニャ島。

そこから北方千キロ沖の海上にぷかりぷかりと浮かぶ人影があった。

「はぁ〜極楽ぅ〜極楽」

月光に照らされ気持ちよさげに呟くのは露出の激しい服を着た美女。

その頬は酒に酔っているのかほんのり赤みがかっている。

服も海水を吸い込み彼女の均整を取れた肢体を惜しげもなくさらけ出している。

「全く良い月でございますわね」

そんな誰もいない筈の海のど真ん中で別の声がした。

驚くでもなく視線を向けるとそこには同性から見ても絶世の美女と思える一人の女性が楚々と海水の上に立っていた。

「失礼いたしました。少々お邪魔でございましたか?」

「ん〜ん、べつにぃ〜であんた誰?」

「名乗るのが遅くなりました。私、死徒二十七祖第二位『六王権』側近衆『六師』の一人『水師』と申します。二十一位『水魔』スミレ様」

そう呼ばれた女性・・・死徒二十七祖第二十一位にして流水を克服した稀有なる死徒スミレはその視線に少しだけ意思を込めた。

「へぇ〜あの噂ホントだったんだぁ〜『六王権』が復活したって」

「はい、陛下は復活しました」

「で、あたしに何の用〜?」

「はい、このたび我が陛下と貴女様方の盟主であります十七位トラフィム・オーテンロッゼ様との間に盟約が結ばれました。それを記念してささやかながら宴を開きたいとの事で私が伝達者と案内役を兼ねております」

「へぇ〜そうなのぉ〜、でもさぁ〜一つ訂正してよぉ〜あたしは別に十七位の爺を盟主としている訳じゃないわよぉ〜成り行き上そうなっただけだし」

「左様でございましたか、これは失礼しました」

「それでさぁ〜宴だけど〜リタもでるのぉ〜」

「十五位リタ・ロズィーアン様ですね?無論でございます。今私と同じ『六師』の一人が迎えに上がっております」

「そうなのぉ〜じゃああたしも出るわねぇ〜」

「ありがとうございます」

「じゃあさぁ〜あたしはゆっくり行くから先に行っていて良いわよぉ〜」

「はい、では私はこれで一週間後に宴をオーテンロッゼ様の城で行いますので努々遅れ無きようお願いしたします」

「わかったぁ〜」

その会話を最後に海上に気配は消え去った。

黒の書九『強襲』

同時刻、スイスのとある別荘にて、

「失礼したします旦那様、旦那様あてに来客がございます」

執事と思われる初老の紳士の言葉に読書に勤しんでいた男が顔を上げる。

外観から年齢を推定すれば四十代から五十代、白いものが若干混じる金髪をオールバックに固め、若干神経質そうな目つきを執事に向けている。

「何者かね?今は休暇中で誰も通すなと言っておいた筈だが」

「は、はい、そのつもりでございましたがこの手紙を見せるようにと・・・」

そう言って汗を拭き男に手紙を差し出す。

当初面白くなさそうに眺めていたが裏面を見た瞬間表情が変わる。

「直ぐにお通ししなさい。くれぐれも粗相の無いように」

その言葉に若干面食らったようだったが直ぐに深くお辞儀して部屋を後にする。

やがて執事は年若い赤毛の青年を連れてきた。

「旦那様こちらの方でございます」

「ああご苦労だった。下がって構わん。私が呼ぶまでは決してこの部屋にも近付かないように」

「はい」

深くと一礼して執事はその場を後にする。

「さて・・・」

執事の気配が完全に消えた所で男が青年に声をかける。

「で何者かね?『白翼公』直々の手紙を持参するのだ。ただの死徒であるまい」

「ご明察恐縮です。『財界の魔王』ヴァンデルシュターム殿、いえ死徒二十七祖第十四位『魔城』ヴァン・フェム殿。私、死徒二十七祖第二位『六王権』側近衆『六師』の一人『炎師』と申します。以後お見知り置きを」

その名乗りにヴァン・フェムは眉をひそめた。

「ほう・・・すなわち『六王権』復活とはデマでもなんでもない」

「真実です。我が主君『六王権』はこの地に完全なる復活を遂げました。そして貴殿の盟主であられます十七位トラフィム・オーテンロッゼ閣下との間で盟約を結ばれましてございます。ひいては一週間後それを祝しオーゼンロッテ閣下の城にて宴を開かれるとの事により不肖私がその招待状をお届けにあがりまして所存でございます」

「なるほどな・・・判った。その祝宴に出席させてもらおう。オーテンロッテ閣下にもその旨を伝えてくれ」

「かしこまりましてございます。それでは私はこれで」

そう言うと、『炎師』は炎に包まれその姿を消した。

「ふん・・・顔を見るのも嫌な奴だが形式上の礼儀だけはしてやるか・・・それさえしておけば満足するからなあの時代遅れの阿呆は」

侮蔑も露に吐き捨てる。

数百年前『古い』と言う理由でオーテンロッゼの派閥より距離を置くようになってから彼とオーテンロッゼの仲は最悪だった。

表面上の協力こそ続いていたが、その裏は狐と狸の化かし合いに近い。

「まあ愚痴を言っても仕方あるまい準備をするか」

ヴァン・フェムは静かに頷いてから執事を呼ぶ。

「旦那様お呼びですか?」

「ああ、一週間後の予定、全てキャンセルするように」









また更に同時刻・・・東欧ハンガリーの片隅に存在する城では

「・・・ここに来たの失敗したわね」

周囲を見渡しながら『闇師』が嫌悪も露に呟く。

それも止むを得ない。

そこはテラスなのだが、その眼下には、三百六十度酒池肉林の饗宴が催されていたのだから。

そういった関連事に潔癖症の傾向がある『闇師』にとっては露骨な嫌悪でしかなかった。

またそれに目を背けようと壁に掛けられた絵画に眼を向けるがそれも美術や芸術に疎い彼女には全く意味不明。

子供の落書きにしか見えないそれを我慢しながら見ていたが忍耐も限界に近い。

眼を背けても汚らわしい嬌声が耳にいやでも入り込んでくる。

出来る事ならとっととこの場から立ち去りたいがそれも出来ない。

何しろ先程この城の主リタ・ロズィーアンに宴の招待状を渡したものの、肝心の返答を出す前に奥の間に引っ込んでしまい、動くに動けない現状である。

「こんな事なら『地師』か『炎師』と交代すべきだったわね」

そんな愚痴も後の祭り。

それを自覚していてもそう言わずにはいられない。

と、そこにようやく

「お待たせいたしましたわね」

「いえ、リタ様の居城を興味深く見させていただきました」

その台詞は無論皮肉以外の何物でもないのだが、そのような表情はおくびにも出さずにこやかな笑顔で応じる。

その声に満足そうな笑みを浮かべるのは正統派の貴族夫人の出で立ちの外見上は妙齢の貴婦人。

彼女こそリタ・ロズィーアン。

死徒二十七祖十五位に位置し、彼女を褒め称えるものは『二十七祖随一の貴婦人』・『芸術家』と称え、彼女に嫌悪を抱くものは『二十七祖最悪の狂婦人』『芸術家もどき』と罵る。

だが、彼女と不思議と馬が合う『水魔』スミレは『色々あってぇ〜面白いと思うよぉ〜あの趣味は悪いと思うけどさぁ〜』と、毀誉褒貶の入り混じった微妙な評価を下しているが。

「それでリタ様・・・返事でございますが」

「ええ、確かに招待お受けいたしました。オーテンロッゼ閣下に出席の意向をお伝え下さい」

「はい確かに承りました」

深く一礼する。

そして、直ぐにその場から離れようとする。

ようやくこの悪趣味な城から出られると思いきやリタが

「それと『闇師』と申しましたわね」

何故か呼び止めた。

「は?はい・・・」

やや警戒しながら次の言葉を待っていると

「どうかしら、貴女私の妾にならない?貴女肌も肌理細やかだし顔も私の好み・・・ふふっここで快楽に囚われてみない?」

色目を使いながら『闇師』ににじり寄る。

「へっ?」

呆けた声を発したが、己が本能より発せられる警報に貞操の危機を悟る。

「も、申し訳ございませんが!!まだ主命がございますので!!これで失礼いたします!!!」

必要以上に言葉に力を込めると文字通り遁走した。

「あらあら、残念ね・・・でも良いわ宴の時に・・・そうねオーテンロッゼ閣下に彼女をおねだりしてみようかしら・・・本当良い声で鳴きそうだし・・・うふふ本当楽しみ」

あくまでも上品に笑うリタ。

だが、その台詞はもしも『闇師』が聞いていたら、後先を考える事無くリタを瞬殺していただろう危険に(『闇師』にとっては)満ちていたものだったが・・・

 

再び場所を変えオーストリアのとある古城にて

「よう、あんたかい?死徒二十七祖十六位『黒翼公』グランスルグ・ブラックモアは」

『風師』が声を掛けたのは彼とほぼ同じ背丈の男・・・と思われる人影。

だが、その人影にはありえないものが存在していた。

背中には鳥の如き羽が生え、頭部には鳥の頭をそのまま取り付けたかのような異形の出で立ち。

この男こそ最古参の死徒に名を連ね、かの『月の王』=『朱い月』に使い魔として仕えた異形の死徒、『黒翼公』グランスルグ・ブラックモア。

「・・・いかにも・・・で貴様は何だ?」

その怪人は淀みなく人語を発する。

「俺か?俺は死徒二十七祖第二位『六王権』側近衆『六師』の一人『風師』」

「・・・『六王権』だと?」

「ああそうだ」

「そうか・・・『六王権』復活は真実であったか・・・それで何用か?」

「ああ、十七位トラフィム・オーテンロッゼ閣下と陛下との間で盟約が結ばれてな、その祝いの宴にご案内だ」

「盟約だと?」

「ああそうだが」

「妙な話だな。あいつは『六王権』を忌み嫌っていた筈だが」

その言葉に内心ギクリとしたがおくびにも出さず言葉を続ける。

「そうなのか?悪いが、そこら辺の趣向変えは俺にはわからねえから、閣下ご本人にでも聞いてくれないか?」

「・・・確かに貴様に聞いても判る筈も無いか・・・」

ほっとしながら『風師』はブラックモアに答えを尋ねる。

「で、先程の件だが出席か?」

「無論出席させてもらう。『六王権』が真か否か我が眼で確かめてみたいからな」

「そうか?んじゃ一週間後、オーテンロッテ閣下の城にて」

そう言い、立ち去ろうとしたが

「一週間後と言わず今から赴こう」









そして更に場所を変える。

ここは、ロシア領内の荒野。

そこを静かに歩く一人の男がいた。

黒と言うよりは灰色の髪を短く刈りあげた。

だが、その男の首より下は黒い何かで覆われ、更にその体躯を黒いコートで覆っている。

「む・・・」

不意にその眼光を鋭く光らせる。

目の前に突然一人の男が姿を現した。

その威圧感、空気、どれをとってもただの人間でない。

その証拠に餌と見れば襲い掛かってくるはずの己が混沌が飛び出す所か怯える様に奥に引っ込んでしまった。

「何者か?」

「死徒二十七祖第十位、『混沌』ネロ・カオス殿か?」

質問に質問で返される。

「いかにも」

「失礼した。自分は死徒二十七祖第二位『六王権』側近衆『六師』の一人『地師』」

その名乗りに更に眼光を鋭く光らせる。

「ほう・・・かの伝説の『死徒の帝王』の」

「左様・・・我が陛下と貴殿らの盟主オーテンロッゼ閣下との間で盟約が交わされた。ひいてはそれを祝し宴を開きたいとの事」

「・・・ふむ・・・宴には興味は無いがまあ気まぐれには良かろう。出席するとしよう」

「かたじけない。では七日後オーテンロッテ閣下の城にて」

深く一礼すると大地が突如陥没し『地師』を飲み込んでしまった。

「ほう・・・これは面白くなりそうだな・・・『六王権』・・・我が混沌に加えるのも一興か」

不敵に笑い頷くとネロ・カオスはその場を後にした。









その頃・・・『闇千年城』においては、『六王権』と『影』そして『六師』の中では唯一留守番を任せられた『光師』が寛いでいた。

「ねえねえ兄ちゃん」

何時ものように書類を整理していた『影』に『光師』がある事を尋ねて来た。

「どうした?『光師』」

「『闇師』の姉ちゃんに聞いてくれって頼まれたんだけどさ・・・あの『錬剣師』って人間そんなに強いの?」

「ああ強いぞ・・・と言うかエミリヤの奴まだあいつにこだわっているのか?」

以前の冷徹かつ冷酷な面をおくびにも出さず苦笑しながら言う。

「うん・・・兄ちゃんは怒るかもしれないけどさ・・・僕から見てもあいつそんなに強いとは思えないんだ。確かに神秘の力を発動できるほど精巧な贋作を創れるって言うのはすごいと思うし、直に見て判ったけど、魔力を大半封じている様だし、魔力も人間にしては膨大だと思うけど兄ちゃんがむきになるような相手じゃないよ。よっぽど英霊達の方が手強いと思うよ」

「・・・そうか・・・それは全員の意見か?」

「うん、『炎師』の兄ちゃんもそう言ってるし『地師』のお父さんも同じ事言っていた・・・『水師』母さんもそうだし、『闇師』の姉ちゃんは言うまでも無いし、『風師』の兄ちゃんなんかは『旦那は封印しているって言っていたが、あの程度なら大した事ねえな』って言っていたよ」

『六師』の中では『錬剣師』衛宮士郎の評価はかなり低かった。

だが、それを聞いても『影』の表情は変わらなかった。

「ならばあれに気付いているのは俺一人と言う事か・・・」

それ所か神妙な口調で何か妙な事を呟く。

「あれ?兄ちゃんあれって何?」

「ああなんでもない。お前達ですら気付かぬほどの事だ。私の口から言っても信じまい。だがな・・・一つだけ言える事があるとすれば奴は・・・『錬剣師』はお前達が思っているほど弱くは無いと言うことだ」

そう言うと整理した書類を片手にその場を立ち去った。

「???」

疑問系で頭が一杯となっている『光師』を置いて。

書類を『六王権』に提出する途上『影』は静かに考え込む。

(奴の封印・・・私しか気付かなかった封印・・・)

それは魔術回路の封鎖と言った簡単な物ではない。

もっと根本の部分に施された正体不明の封印・・・

その封印が何を封じているのか、どの様な力が眠っているのかは『影』にもわからない。

だが、その封印がもたらした影響はもっともわかりやすい形で証拠として現れている。

その証拠とも言えるのは士郎の魔術詠唱。

(あいつはそれが自然だと思っている・・・そして周囲すらも・・・)

『トーレス・オン』、これが、衛宮士郎の詠唱(スペル)だと誰もが思っている・・・おそらくは本人すらも。

しかし、それは違っている。

彼の詠唱(スペル)は『トーレス・オン』ではない。

おそらくは真の詠唱(スペル)が封印によって捻じ曲げられている、その結果が『トーレス・オン』と言う形で表れている。

しかし、これが封印なのかと言われればそれは違う。

詠唱(スペル)の違いはその封印が与えた影響だろうとは思うが封印の大本ではない。

末端と呼んで差し支えない。

それに疑問も出てくる。

何故士郎は詠唱(スペル)を違えているにも関わらず己の力を使いこなせる?

もし詠唱(スペル)の違いが封印だと言うのならば士郎は己の力を使う事すら出来ない筈。

詠唱を違える事が封印ならば目的は彼に魔術の類を使わせない事にある。

仮に使えたとしても今より数段いや数十段劣る代物にしかならない。

しかし、現実はその予想に反して、詠唱を違えているにも拘らず士郎は強い力を発揮している。

上記が封印の目的ならばそれは完全に頓挫している。

だが、それは同時に自らの肉体を相当に酷使している。

機械に例えれば歯の合わぬ歯車が一つあるにも拘らず強引に起動させているようなものだ。

そんな事を続けていればいずれ機械そのものが故障に至る。

もしかしたらそれが目的なのだろうか?

(だが・・・)

そこで『影』は再び疑問に囚われる。

士郎の封印については判らぬ事が多い・・・いや、多過ぎる。

何者が封印を掛けたのか?

何故封印を掛ける必要があるのか?

あの封印の解かれた時士郎はどの様な力を保有するのか?

どうして士郎はあの封印に気付いていないのか・・・

疑問は次々と湧き上がる。

だが、それを挙げていけば、何故『影』は士郎の封印にただ一人気付いたのかと言う疑問も生まれる。

しかし、それは『影』にとっては別に不思議な事ではない。

何故なら士郎と『影』は・・・









「陛下ただいま戻りました。十四位ヴァン・フェム出席に同意いたしました」

「十五位リタ・ロズィーアン出席します・・・」

「第十位ネロ・カオス殿出席の承諾を得ました」

「第二十一位スミレ様ご出席されます」

それから暫くして・・・各地に派遣された『六師』が続々と帰還し『六王権』に報告を入れる。

と、疑問に囚われた『影』が『炎師』に尋ねる。

「そういえば『風師』はどうした?」

「そういえば遅いな・・・あいつ何をやっている?」

「全く・・・何処でほっつき歩いているって言うのよ・・・」

しかめっ面で『炎師』と『闇師』が呟く。

と、そこへ

「悪い遅くなった」

当の本人がやって来た。

「遅いぞ。もうお前だけだ」

「そう言うなって・・・陛下十六位グランスルグ・ブラックモア出席に承諾・・・と言うか」

「久しいな『朱い月』最強の従者よ」

そういって鳥頭の怪人が姿を現した。

「・・・本人がもう来てしまいました・・・撒こうと思って迂回とかしたんですが・・・」

申し訳なさそうに報告を入れる『風師』。

その姿に臨戦態勢を取る『影』と『六師』。

だが、『六王権』の方は驚くでもなく、自分から玉座より立ち上がり当然の様に出迎えた。

「久しぶりであるな。主に最も忠実なる使い魔よ」

それはオーテンロッゼとは比べ物にならないほど信頼に満ちていた。

それも当然であろう。

オーテンロッゼよりブラックモアの話を聞いた『六王権』はようやく彼の事を思い出した。

寡黙で生物としてはどこか狂った異形の男。

しかし、『月の王』の気まぐれにより、王に仕える魔術師である事を許され絶対の忠誠を王に誓い、そして自らも死徒となった。

その献身的な働き、揺ぎ無き忠誠は友と主君以外に関心を持たなかった『六王権』をして信じるに値すると確信させたほど。

そんな親愛の言葉と表情で迎える『六王権』に対してブラックモアはさほど感銘を受けた様子も無く

「デマとばかり思っていたがどうやら紛れも無い真実のようだな。で、六王よ、貴公はいかにしてあれほど忌み嫌っていた白翼を従えさせた?」

ちらりと臣下の体勢で跪くオーテンロッゼを見やり挨拶もそこそこに確信を尋ねる。

「造作も無い。奴の根幹に私への絶対服従を埋め込んだだけ」

「なるほどな・・・で、それだけの死徒を一同に集めてまとめて配下に仕立て上げるのかね?」

「無論。これをもって我らが主の遺名を果たす」

この星に巣食い、星を荒らし、壊し、殺す事しか出来ぬ人間を死徒もろとも絶滅させ、この星を再び甦らせる。

それに偽りはない。

その上で、再び美しさを取り戻したこの星を甦った盟主、『星の王』に献上する。

何百年・・・いや、何千年先になるかはわからない。

だが、『六王権』はそれでもそれを執り行うつもりだった。

全ては敬愛すべき主の為に。

そして疲弊しつつあるこの星の為に。

「なるほどな・・・変わらぬな貴公も」

「変わる気など無いからな・・・特に主に対しての事については・・・で、使い魔よ貴殿はどうする?」

「知れた事。私の行動原理、闘争理由、存在理由・・・その全ては『朱い月』ただこの御為のみ。良いだろう。貴公に力を貸そう。『朱い月』に星を献上する為に」

「ありがたい。貴殿が来れば心強い。部屋を用意させよう。そこで」

「いや、結構、約束の刻限にまた来よう」

そう言い羽音と共に立ち去る。

「やれやれ、無愛想な奴よ」

「陛下信じるに足りるものですか?」

「ああ、こと我が主に関しては信じるに足りる。それに奴の力もな・・・オーテンロッゼ」

「はっ!」

「宴の用意を始めよ・・・並びに貴様の配下で主だった死徒も招集せよ。そいつらにも洗礼を加える」

「御意!!」

かつて死徒の王と呼ばれていた男はいまや『六王権』の執事となっていた。

「さて・・・む?客人か?」

その呟きと同時に謁見の間の扉が何か大きな力によって吹き飛ばされた。

『!!!!』

総員が身構える。

そこに立っていたのは右腕に長剣、左手にはショットガンに似た長銃を持った黒き男。

「き、貴様!!片刃!!」

その姿を認めたオーテンロッゼが侮蔑も露に吐き出す。

「・・・死徒二十七祖第二位『六王権』そして第七位最高側近『影』第十二位『闇師』十九位『光師』二十二位『地師』二十三位『水師』二十五位『炎師』二十六位『風師』・・・十七位を狩りに来て見ればとんでもない奴らまでいるとはな・・・まとめて狩るには最適だな」

ゾッとするほど冷酷な声の中に怨嗟怨念を込め『六王権』を見る。

「俺らが二十七祖?」

「そうだ、教会がそう指定した」

素っ頓狂な声を出す『風師』に丁寧に応じる闖入者。

「あの男は?」

「死徒二十七祖十八位エンハウンスでございます」

訝しげに尋ねる『六王権』に『影』が答える。

祖の一人でありながら、二十七祖の協定を破り、祖殺しを行う二十七祖最悪の裏切り者。

死徒殺しの死徒、『復讐騎』

「祖の一人か」

「陛下、お見苦しいものをお見せいたしました。お待ち下さいませ・・・直ぐ駆除いたします・・・何をしているかさっさと駆除せよ!!」

その声と共に死徒が二十体近く殺到する。

それを息を乱す事無く、切り裂き吹き飛ばし全滅させる。

それなど驚くに値しない。

あの程度『光師』でも行える。

だが、それに食指を動かした者がいた。

「へぇ〜久々に骨のありそうな奴だな」

「ふぅ・・・ユンゲルス」

呆れ気味で『風師』を窘める『炎師』。

「そうは言ってもよぉ〜『クリスマス作戦』以来暴れていねえから、最近欲求不満でよ」

更に言い募ろうとした『風師』だったが意外な所から援護が出た。

「そうだな。不満を内に溜め込むのは体に悪かろう。『風師』、招かざる客でも客は客だ・・・もてなせお前が」

「御意!!!」

主君の命を得て喜色を満面に浮かべ進み出る。

「宜しいので?」

「ああ、あいつの不満を溜め込むよりは折り合いのつく所で吐き出させた方が良い」

「それはそうですが・・・」

「それに、近接戦の技量はあの男が我々の中では随一だ。何の心配もいらん」

「いえあいつが負けるとは私は露にも思っておりません・・・私が懸念しているのは調子に乗りすぎてあいつがこの城を破壊するのではないかと・・・」

「ありえる話しね」

『炎師』の言葉に直ぐに『闇師』が同意した。

「大丈夫よエミリアちゃん。ユンゲルス君もそれくらいの思慮はあるわよ」

「母さんあるかなあ?・・・兄ちゃんにそれくらいの思慮・・・」

「いや、メリッサ、ニック・・・それは言いすぎだろう・・・」

「微妙だろうがな」

完全に世間話クラスにまで緊張が落ち込んでいた。

その一方で死徒を全滅させたエンハウンスと『風師』との間には一触即発の空気が流れている。

だが、『風師』の表情には笑みが張り付いていた。

「けっ何が可笑しい。相手にならねえって言う嘲りか?」

その笑みを自分に対する侮蔑ととったのか怒りも露に吐き捨てる。

「あ〜気にすんな。久々に暴れられそうなんでな、愉しくて仕方ねえのさ。それも骨の有りそうな奴が相手とくりゃ嬉しくねえ方がどうかしてるって」

その言葉に笑みを貼り付けたまま否定する『風師』。

「ちっ戦闘狂か」

「いやいや、ただの喧嘩好きさ」

それと同時に戯言はたくさんだとばかりにエンハウンスは踊りかかる。

手に持つ長剣で『風師』を両断せんと振るう。

しかし、それは、方向違いの所に床を抉った。

「!!!」

別に『風師』が高速で移動して避けた訳ではない。

あろう事か『風師』はハイキックで振り下ろされる剣の平を蹴りつけて軌道を変えた。

その精度は驚くほど高い。

速過ぎれば『風師』の足が叩き切られるし、遅すぎれば一刀で切り伏せられる。

その化け物以上のそれを見て、本気で頭を抱えたのは『炎師』だった。

「あの大馬鹿・・・またあんな博打じみた防御を・・・」

『風師』の身体能力ならば普通に避ける事もできる。

だが、あえてそれをせずに剣の軌道と速度を見極めタイミングを計って蹴りで避けた。

だが、これは危険極まりない、『炎師』の言うとおり博打なのだ。

なぜならば、『六師』は二十七祖に全員組み込まれたが、死徒ではない。

『幻獣王』を受け入れ、死徒以上の力と寿命を手に入れたがその肉体は人間のそれ。

大抵の傷ならば『幻獣王』の力で癒えるが即死級の傷を負えば簡単に死ぬ。

生命の息吹はか弱い人間と大差無い。

それを承知の上であのような避け方をする相棒に肝を冷やす事など再三である。

「舐めやがってぇぇぇぇ!!!」

怒り狂うエンハウンスの一撃を『風師』は避けず次々と蹴りで軌道を変えていく。

横薙ぎの一撃で奇襲を仕掛けてみたが事もあろうに『風師』は踵落しで地面に叩きつける。

だが、がら空きになったエンハウンスに攻撃を仕掛ける事無く体勢を立て直すのを待つ。

「おいおい、こんなものか?もっと楽しませてくれよ」

そう言って再び蹴りで剣の軌道を変更させる。

このまま延々と続くかと思われた。

しかし、

「??」

急に不審な表情を作る『風師』

靴越しに感じる剣の感触が変ったのだ。

今までは剣の中間部分を蹴り付けていた筈なのに、根元に近くなっている・・・

それが意味する事を悟るが既に遅かった。

エンハウンスがにやりと笑った。

「貴様忘れていないか?俺の片割れの事を」

いつの間にかエンハウンスは『風師』に密接せんばかりに接近していた。

あの斬撃の中じわじわと間合いを詰めここまでの至近距離まで侵入を果たしていた。

何時もの『風師』なら気付くだろうが、遊びが過ぎたのか、エンハウンスの技量が想像以上だったのか・・・おそらくは両者だろう。

そして若干の驚愕の色を見せた『風師』の眉間に片手の長銃を押し付け躊躇う事無く引き金を引いた。

「終わりだ」

轟音が響き血を撒き散らしながら『風師』が吹き飛ばされ床に倒れ付した。

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